Animal case

高カルシウム血症の犬の上皮小体腫瘍(副甲状腺腫瘍)切除

寒くなってから食欲が低下したというビーグルさん。

吐いていて元気食欲もあまりありません。

体重がもともと 13 kg の重度の肥満であったものが 10.5 kg まで低下しています。

様々検査をしてみると血液中のカルシウム (Ca) が異常に高く、リンが異常に低い

高 Ca/低リン血症であることが分かりました。

Ca は高くなりすぎると心停止に繋がります。

逆に低くなりすぎるとテタニーという筋虚弱・麻痺を起こします。

Ca とリンの血中バランスは厳密に調整を受けており、それは頸部の甲状腺にくっついている

副甲状腺 (上皮小体) から出るパラソルモン (PTH) というホルモンが行っています。

PTH は主に骨と腎臓を標的器官として Ca の調整を行なっています。

図1: 人の甲状腺の場所。頸部に存在。犬と猫も同じ様な場所にあり、

犬では副甲状腺  (上皮小体) は左右に4対〜複数個が甲状腺にくっついている

 

そこで PTH とそれに似た物質で特定の腫瘍細胞から産生される PTH-rp を確認しました。

すると PTH が異常に高く、PTH-rp は検出されませんでした。

副甲状腺での PTH 産生細胞が腫瘍性に増殖している可能性が考えられました。

逆に、もし PTH-rp が高かった場合にはアポクリン腺ガン(汗腺のガン)や一部のリンパ腫などが考えられました。

 

そこで頚部の超音波検査をすると右側の副甲状腺(上皮小体)が腫瘤性に大きくなっていました。

図2:右頚部のエコー所見。副甲状腺 (上皮小体) が6mm大に腫脹している。通常は1~2mm程度で確認できないことが多い。

 

以上より右側上皮小体腫瘍による高Ca/低リン血症と診断し、手術で腫瘍を切除することとしました。

 

上皮正体は首の気管近くに存在する甲状腺にくっついた小さなホルモン産生組織で、左右に通常4対、まれに5対存在します。

この時点では良性の上皮小体腺腫か悪性の上皮小体腺ガンか不明であったため

まずは腫瘤化した上皮小体だけを切除し、病理学的に診断をつけ、

良性であれば終了、もしガンだった場合には後日に甲状腺ごと切除することと計画しました。

血中Caが高いので事前入院させて点滴を開始し、ステロイドの注射も行ってCaを尿中に排泄させます。

手術は全身麻酔をかけて仰向けに固定し、首の真ん中を切開します。

首の筋肉を傷付けないように丁寧に剥離・分離しながら気管を露出させます。

3.

 

4.

図3, 4; 頸部を伸展して仰向けに固定して消毒。頚部の中央を切開していく。

 

気管の脇に甲状腺と腫瘤化した上皮小体を確認します。

頸静脈や動脈、迷走交換神経や反回神経、食道、気管などを傷付けないように注意しながら

上皮小体だけを甲状腺から丁寧に剥離・分離し、切除します。

あとは皮膚を縫い合わせて手術終了です。

5.

6.

図5, 6; 右側上皮小体腫瘍を甲状腺から剥離している。甲状腺を残して上皮小体だけを切除できたので傷を閉じて終了

図7; 切除された上皮小体。病理では良性の上皮小体主細胞腺腫であった。

 

術後の経過はとても良好ですぐにご飯を食べ始めました。

 

今回のように高Caが持続している場合、腫瘍以外の上皮小体が機能停止していて萎縮しており、

PTHが急に出せなくなり術後Caの急激な変動が起こる場合があるのでCaのチェックを頻繁に行います。

今回は術後のCaもすぐに落ち着きすぐに良化しました。

術後3日目に退院、術後1週間で抜糸をして終了としました。

病理の結果も良性の上皮小体主細胞腺腫でした。

上皮小体主細胞腺腫は通常1つの上皮小体が腫瘍化し、甲状腺や周囲組織を圧迫したり

機能性で高Ca血症を引き起こします。

良性のため再手術の必要もなさそうなので定期的にCaとリンをモニタリングしていきます。

すぐに元気食欲が戻り、術後2ヶ月での再検査では体重も13kgに戻っていました。

元気になって良かったのですが、体重の増え過ぎには注意したいですね!

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まとめ・補足

・カルシウムとリンは厳密にホルモン調整を受けているので異常値が出た場合には早期の精査をするべき

・高Caが上皮小体ホルモン由来のPTHなのか、他の腫瘍由来のPTH-rp由来なのか、あるいは他に原因があるのかを確認する。

・上皮正体腫瘍は比較的稀な腫瘍であり、良性腫瘍が多い。

・上皮小体は左右に通常4対、まれに5対あり、1つ取っても大きな弊害は出ない場合が多い。

・症状は高Caの程度により様々で、食欲不振や嘔吐、下痢、虚弱やふるえなど多様性がある。

・術後の長期予後は比較的良く、根治率は95%程度、再発が10%程度で認められるとの報告がある。

・放っておくと高Caの弊害から種々の症状による斃死や腎臓に不可逆的な障害が出る恐れがある

・悪性の場合でも転移は稀。

・悪性と診断された場合には甲状腺ごと上皮小体を切除する