Animal case

脾臓の腫瘤:非腫瘍性疾患(結節性過形成)

超音波検査で脾臓に大きな腫瘤が偶然見つかったボーダーコリーさん。

幸い破裂や転移の兆候は認められなかったのですが
サイズが大きかったので切除することとしました。

 

脾臓腫瘤のエコー画像写真1:脾臓の腫瘤のエコー画像。この画像所見だけでは良悪の判断を付けられない。

 

超音波検査だけでは腫瘍なのか非腫瘍性なのかの判断がつけられないので

肺などへの転移チェックも兼ねてCT検査を紹介し、撮影してもらいました。

腫瘤への造影剤の入り方、抜け方から非腫瘍性結節性過形成の可能性が高そうでしたが

サイズが大きくて今後破裂するかもしれないのでやはり切除としました。

写真2:脾臓の造影CT画像。脾臓腫瘤の造影効果は乏しい。

 

脾臓摘出の手術は全身麻酔で行います。
お腹のへそ辺りを頭尾方向に正中切開・開腹をすると脾臓が出てきます。


写真3:脾臓の肉眼所見。腫瘤が脾臓の中に確認される。他への転移兆候はない。

 

脾臓は太い血管が多く、さらに血管は周囲の脂肪の中を走っています。
昔は血管に当たらないように脂肪に穴をあけて血管を探して
1本ずつ糸で結紮していたので時間がかかりました。

膵臓と胃へ流れる血管を損傷すると術後にそれぞれ悪さをするので
そこを注意しながら行います。

当院では血管シーリングシステムで焼いて切れるので
とても楽に早くに摘出できるようになりました。

犬種にもよりますが破裂や癒着のない脾臓摘出術なら
開腹から閉腹まで30分〜60分程度で終わります。
早く終わると体への負担や乾燥などによる臓器障害も少ないので
早期の回復が見込めます。

 

術後は特に問題もなく、直後から元気で術後1日目からよくご飯を食べてくれて

術後3日目には帰宅、7日目に抜糸となりました。

病理結果はやはり、非腫瘍性結節性過形成(リンパ型)だったため
抜糸して終了となりました。

脾臓に見つかる腫瘤で一番多いのが非腫瘍性の結節性過形成と考えられています。

結節性過形成には構成成分により
リンパ型、脾臓型、造血型、複合型とあります。

基本的に転移などはしない無害な病変ですが
放っておくと脾臓内で出血して調子を崩したり、
巨大腫瘤に成長して被膜ごと裂けると大出血を起こして出血性ショックを起こして
緊急手術になる事があるので
脾臓に腫瘤が見つかった場合は定期的なチェックが必要になります。
そして、大きくなってきたら早めに取ってしまった方が良いと思います。

脾臓腫瘤は症状がない事がほとんどなので
気がついた時にはかなり大きくなっていることもしばしばあります。

7歳超えたら半年毎など定期的にお腹のEchoを撮る事が早期発見につながります。

 

【補足】

脾臓

脾臓はあまり聞き慣れない臓器かもしれませんが、お腹の中では左脇腹(左腎臓頭側から)お臍を超えたあたりまで斜めに存在する造血・リンパ器官です。長くて大きいベロのような色形や適度に柔らかい臓器です。
脾臓を身近に感じる場面として、ランニングでお腹が痛くなるのは脾臓に溜めた血液を収縮して血管内に絞り出しているせいと考えられています。

脾臓の仕事

血液を貯めておき、必要になった時に全身に血を送ったり古くなった赤血球を壊して鉄分などを回収、血液中に存在する異物の処理を行っています。
一部の免疫機能も担っており白血球の産生や、緊急的な血球産生を行うこともあると考えられています。
脾臓を切除してもその仕事は肝臓がしてくれるようになるので生活に困ることはほとんどありませんが
免疫機能の落ちた個体や老犬などでは感染症に注意が必要になります。

 

脾臓の病気

脾臓にトラブルが起こっても無症状である事がほとんどなので
中高齢での健康診断や画像検査で偶然腫瘤が見つかる事が多いです。
また、すでに破裂して腹腔内出血していたり肝臓や周囲腹膜・内臓脂肪に腫瘍が転移していることも珍しくありませんが
無症状または軽い消化器症状程度なので診断された時にほとんどの方が驚かれ、事の重大性を理解していただけないこともあります。

事故や咬傷などで脾臓が裂けてしまったり破裂すると大出血からショック状態になり急死する場合があります。

脾臓に腫瘤が見つかった場合、約50%は非腫瘍性の結節性過形成や髄外造血反応など無害性の疾患ですが
巨大化し過ぎる事があり、脾臓に衝撃や圧が加わり破裂・大出血してショック状態になることがありるので定期的なチェックと時には予防的脾臓摘出が必要になります。

脾臓腫瘤の残りの半分は腫瘍性疾患と考えられています。
さらに腫瘍性疾患のうち半分くらいが良性(血管腫など)で残りの半分くらいが悪性(血管肉腫など)と考えられています。
つまり、脾臓に何かしらの腫瘤が見つかった場合25%程度、1/4程度は悪性腫瘍と考えられていますが
実はもっと悪性が多いという報告もあります。

脾臓腫瘤の超音波検査での見え方だけでは非腫瘍性なのか腫瘍性なのかの判断は困難で、
確定診断には針生検または脾臓切除による病理検査が必要になります。
CT検査で脾臓腫瘤への造影剤の入り方や抜け方から非腫瘍性なのか血管肉腫なのかの予想をつける事ができるので
肺や周囲組織への転移チェックも含めて術前CT検査を行うことはとても有用だと思います。

基本的に非腫瘍性疾患や良性腫瘍であれば切除して終了となります。
悪性腫瘍のうち血管肉腫であった場合、手術単独での生存期間は術後1〜3ヶ月。術後に抗がん剤を併用しても3〜5ヶ月で死亡してしまう事がほとんどで1年以上生存できるのは10%程度と考えられています。
術前診断がなかなか困難である上に、術後の挙動も悪いので脾臓の血管肉腫は非常に凶悪な腫瘍だと言えます。